ひときわ大きな歓声がおきた
午後2時45分。出走馬がパドックに姿を見せた。立錐の余地もないパドックの、ファンの多くは朝から陣取っている。
「全員に見られている気がしました。優越感もありましたよ、オグリの背中の上にいるという。緊張はなかったけど、オグリキャップを味わおうと思いましたね」
武豊は言った。あの状況のなかでも「オグリキャップを味わおう」と思っている21歳の騎手に、55歳の廐務員、池江敏郎がていねいにことばをかけた。
「よろしくお願いします」
本馬場入場がはじまる。オグリキャップがターフビジョンに映るとひときわ大きな歓声がおきた。朝から、いや前の日から待ちつづけたファンの気持ちが爆発する。
ジャパンカップ4着で1番人気のホワイトストーンが入場するとさらに大きな歓声が沸き、つぎの瞬間、スタンドが大きくどよめいた。興奮したヤエノムテキが騎手の岡部幸雄を振り落として放馬してしまったのだ。半周ほどして止められて事なきを得たが、皐月賞と天皇賞(秋)に勝ったこの名馬もまた有馬記念がラストランだった。
最終的にオグリキャップの単勝オッズは5.5倍。前年のイナリワンにつづいて有馬記念連覇を狙う柴田政人が乗るホワイトストーン(3.3倍)、高松宮杯以来1年5か月ぶりに河内洋とコンビを組むメジロアルダン(4.2倍)、横山典弘を背に三冠レースで3、2、3着のメジロライアン(4.7倍)につづく4番人気だった。
予想紙の印から見ればオグリキャップの単勝は異常なほど売れていた。勝てないと思いながらも、みんなが“単勝”を買っていた。