作家・柚月裕子さん(左)と、棋士の羽生善治九段(右)/将棋会館内の「棋の音」にある「こもれびの間」にて(撮影:大河内禎)
将棋を題材にしたミステリー小説『盤上の向日葵』の映画化にあたり、作家・柚月裕子さんと、羽生善治九段に将棋の魅力を語っていただいた。それぞれの道を歩む二人が語る、意外な共通点とは――(構成:山田真理 撮影:大河内禎)

前編よりつづく

怖いもの知らずだから飛び込めた

柚月 羽生さんは今年の6月まで日本将棋連盟会長を務められましたが、棋士を志す人やその才能について、どのようにご覧になっていますか。

羽生 私が棋士を目指した頃は、プロとはどんな世界で、どれだけ頑張ったらなれるといった情報がほぼ手に入りませんでした。町の道場などに強い子がいると、周りの大人が「奨励会に入れば」と勧めてきたり、師匠を紹介してくれたりする。私もそうしてよくわからないまま入って、後から「こんな世界だったのか!」と愕然とするという。(笑)

柚月 今も同じような経緯で奨励会に入る方が多いのですか?

羽生 多くはそうだと思います。ただ、ネットでプロになる仕組みを簡単に調べられますから、「厳しくて無理だ」と思ってしまうことも。ですから今どき奨励会に入ってくる子は、大会や研修会で実力を試したうえで、「もう奨励会に入れそうだ」「今年は無理かも」と自己分析をしてから挑んでくるので、全員が強い。

私たちの頃は情報がないぶん、能力もデコボコだったというか。知らぬがホトケで挑戦し、いろいろやっていくうちに思わぬ才能が伸びてくるといったパターンもあったのです。

柚月 「怖いもの知らず」には、いい面もあると思います。私が将棋を小説のテーマに選んだとき、編集者からは「難しいですよ」と言われました。でも検事や臨床心理士を題材にしたときも知らないなりに調べて書いたから、今回も挑戦しようと思ったんです。

何とか書き終え、作品を通じて将棋界とご縁ができた今は、「やはり将棋は難しい」とわかりましたけれど。

羽生 「知らない」状態でいるほうがブレイクスルーに繋がったり、新しいものが生まれたりするのかもしれません。