柚月 そう考えると、今は夢を描くのが難しい時代なのでしょうか。情報過多でいろいろ先走って心配したり、周りと比べて「自分には無理」と諦めてしまったり。でもそこで強さを発揮するのが、「好き」という気持ちかもしれません。
いくら才能があっても、将棋が好きでなかったら毎日指したいと思わないでしょう。小説を書くことも、好きでなければこんな苦行はしたくない。(笑)
羽生 作品を通じて感じたのは、好きとか嫌いを超えて、「生きるためにこれをしなければいけない」という根源的な欲求でした。それは夢を見るとか、目標に向かって頑張るといったことよりも、人生を前に進ませる力になるかもしれません。ときには本人にとって、つらくて苦しい経験になるのだとしても。
柚月 私は以前、羽生さんが大きな節目となる対局を終えられた場面に居合わせたことがあります。記者会見の会場へと向かっていたら、廊下の椅子にぐったりうつむいて座る様子をお見かけしました。
その後の会見ではいつものご様子だったので、「ああ、きっと私たちが知らないところで、ものすごく大変な思いをしていらっしゃるのだな」とあらためて感じました。
羽生 対局を終えた棋士は、たいがい抜け殻ですよ。(笑)
柚月 長い対局には体力が必要だと思いますが、メンタルの部分も大きいですか?
羽生 そうですね。将棋は負けたら結局、自分の責任ですから。球技のように審判が間違ったとはいえない。
柚月 私の趣味のゴルフのように、風向きのせいにもできません。(笑)