羽生 勝負を突き詰めると、けっこう自己否定になって危ないのです。ですから将棋に必要なのは、打たれ強いメンタルだけでなく、細かいことは気にしない、いい加減さも大事。「今日は負けたけどしょうがない」「悩んでないで次に行こう」という割り切り方ができないと、長く続けていけないと思います。
柚月 そうして苦労やスランプを乗り越えられてきたのですね。家にこもって小説を書いている私にとっては、飼っている猫たちが癒やしの存在です。羽生さんもペットを飼っていらっしゃいますが、SNSで拝見するモフモフのウサギたちがよきパートナーでしょうか。
羽生 ええ、かわいいですよね。ウサギにとっては、将棋の駒もただの木片で、自分には何の関係もない、という顔をしてくれるので癒やされます。
柚月 大事なのは、気持ちの切り替えなのですね。
羽生 ミスした記憶など負の感情はどこかで一掃しないと、どんどん蓄積されて、いずれ自分がやられてしまいます。ただ人間ってうまくできていて、年齢とともに忘れっぽくなるでしょう(笑)。
若いときに切り替えが難しいのは、記憶力がいいからなんですよ。だから無理してお酒を飲んだりして強制的に忘れようとする。それがだんだん、努力をしなくても嫌なことは記憶に残らなくなるんです。
柚月 それでいうと、作家は文学賞に選んでいただけるかどうか、という場面があります。前は落選すると落ち込みましたが、最近は割とダメージが少なくなったような。なるほど、年齢のおかげで上手に切り替えられるようになったのかもしれません。年を取るのも悪くないですね。
羽生 ほどよく忘れる、くらいがよさそうです。(笑)