古内一絵さん、ドリアン・ロロブリジーダさん
作家の古内一絵さん(左)と歌手や俳優として活躍中のドラァグクィーン、ドリアン・ロロブリジーダさん(右)(撮影:本社 武田裕介)
元エリートサラリーマンにして、現在はドラァグクィーンのシャール。そんな彼女が営む夜食カフェを舞台に、様々な悩みを抱える人たちの人生が描かれる小説『マカン・マラン』シリーズ。2025年秋に、第一作から10年ぶりの新作『女王さまの休日―マカン・マラン ボヤージュ』が出版されたのを機に、シリーズの原点である『マカン・マラン 二十三時の夜食カフェ』が文庫化。この人気シリーズを紡ぎ続ける作家の古内一絵さんと、歌手や俳優として活躍中のドラァグクィーン、ドリアン・ロロブリジーダさんに、この作品の魅力や世間の価値観にとらわれない生き方について語っていただいた。
(構成:内山靖子 撮影:本社 武田裕介)

前編よりつづく

夜食カフェは会社員時代の夢

古内 実は私も、作家デビューしたのは45歳と非常に遅くて。ドリアンさんと一緒で、それまでは映画会社で20年間サラリーマンをやっていました。物書きの世界にもナチュラルボーンの天才肌の方たちがたくさんいらっしゃいますけど、私の場合は、長年、会社員をやっていてよかったなと。

ドリアン それはなぜですか?

古内 作家の世界も厳しいので、もし20代や30代でデビューしていたら、「自分はこの人よりも書けない」とか様々な悩みが生まれて自滅していたんじゃないかと。とくに、デビューしてから2、3年の間はまったく売れず、年収30万円とかだったから(笑)。若い頃にデビューしていたら、そんな生活に耐えられなくて、多分つぶれていたでしょう。

ドリアン アタシも会社員時代の経験は決して無駄ではありませんでした。会社の人たちも、アタシがドラァグクイーンをしていることを容認してくれていましたし。

古内 私の場合、作家と会社員の両立はできませんでした。映画の宣伝プロデューサーの仕事は、それはもうハードで…。ポスターを作ったり、パンフレットに載せるコメントをいただいたり。それこそやらねばならぬことが山積みで、会社を22時に出られたら「今日は早く帰れる」って思うほど。

ドリアン なるほど、そんなときにシャールさんの夜食カフェがあれば……。

古内 そうなんです。22時過ぎに会社を出るとラーメン屋か居酒屋しか開いてない。私はお酒が飲めないので、23時から営業している夜食カフェがあったら、どんなにいいだろうって。

ドリアン つまり、”23時からの夜食カフェ”は先生のユートピアなんですね。

古内 おっしゃる通りです。私の夢を物語の中ですべて実現させたのが『マカン・マラン』。そこにぴったりハマったのがシャールさんなんですよ。

ドリアンさんが解説を書いた『マカン・マラン 二十三時の夜食カフェ』(著:古内一絵/中公文庫)