人生、思いがけないきっかけで、楽しみが広がるものだと感じた…(写真:stock.adobe.com)
時事問題から身のまわりのこと、『婦人公論』本誌記事への感想など、愛読者からのお手紙を紹介する「読者のひろば」。たくさんの記事が掲載される婦人公論のなかでも、人気の高いコーナーの一つです。今回ご紹介するのは愛知県の70代の方からのお便り。子育ても落ち着いた40代の頃、仕事の疲れを癒やすため、ひとりで映画館に通っていたある日。間違いをきっかけに、思いがけない出会いが訪れて――。

間違いから広がる世界

今から70年前のこと。父が自転車の後ろの荷台に2歳年上の姉、前の席に私を乗せる。その傍らを母がねんねこ半纏で妹をおんぶして歩いていく。向かうのは駅近くの映画館。

ずっと楽しみにしていたからか、暗い夜道も、あっという間に着いてしまう。貧乏な暮らしの中の贅沢な時間。これが私にとって初めての映画鑑賞の思い出だ。

まだ家にテレビもない時代、大きなスクリーンに映し出されたのは、青い海、美しいサンゴ礁と見たこともない魚たち。映画の内容は覚えていないが、その場面は今でも鮮明に思い出すことができる。

父は日雇い労働者。働き者で優しかったが、ちょっぴり遊び人でもあった。今思うと、戦時中、悲しいことやつらいことをいっぱい経験してきたから、命ある限り人生を楽しく生きようとしたのだろう。他界して20年になるが、映画を観るたびに、自転車を押して歩いている父の姿を思い出す。

結婚して、子育ても落ち着いた40代になると、私は仕事の疲れを癒やすために、ひとりで映画館に行くようになった。当時、指定席はなく、料金を払えば途中からでも鑑賞することができたものだ。

その日も映画館に入り、真っ暗で光もなく手さぐりで空いている席に座ると、大きな歌声が聞こえてくる。私としたことが、間違えて隣の劇場に入っていたことに気づいた。上映していたのはミュージカル映画『スウィーニー・トッド』。面白そうだしいいか。そんな気持ちで観ているうちにどんどん引き込まれ、幕が下りるころには「観てよかった!」と感激した。

ミュージカルにハマった私は映画だけでなく、劇団四季の公演まで観に行くように。『オペラ座の怪人』『ライオンキング』……次々に鑑賞し充実感でいっぱいになる。人生、思いがけないきっかけで、楽しみが広がるものだと感じた。

そして今、私は76歳。夫と二人暮らしだ。ともに定年まで勤めあげ、これからはお互いあまり干渉しないで、人生を味わいたいと思っている。

夫は畑を耕しながら、息子たちが孫を連れて里帰りするのを心待ちに。私の楽しみは、大好きな映画。少し前には『国宝』を観に行き、とても感動して帰ってきた。これからも行ける限り、映画鑑賞を楽しめたらうれしい。


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