さて、バナナブレッドの考察、まとめに入ります。同じパウンド型で作るから、つい混同してしまうが、バナナブレッドは、パウンドケーキでもマフィンでもない。バナナブレッドは、甘みを少なくして朝食などに食べる。パウンドケーキは、卵とバターと砂糖と粉をほぼ同量にして、お菓子として食べる。
ブレッドと言うから、フランスパンやライ麦パンの仲間と思いがちだが、実は、パンよりプディングに近いものではないか。
つまり、残ったパンと卵と牛乳と砂糖で作るブレッドプディング。の、バナナ入り。の、もっと硬いやつ。ってのが正体なんじゃあるまいか。
戦前戦中にロンドンで育った夫は、ブレッドプディングが嫌いだった。
おれは嫌い、子どもの頃そればかり食べさせられたから今は見たくもない、と言ってたので、あたしは作らなかった。でもスーパーのできあいのやつを買ってくると、夫しかいないのによく減ったし、あたしが留守のときには(日本に行ってたのだ)、ダディがブレッドプディング作ってくれた、と娘たちが報告した。素直に好きと言えないだけだったんだろうけど、そこで虚勢を張るべき何かが、ブレッドプディングにはあるのか。
あたしは自分のために一人用の耐熱容器で作る。バナナブレッドを最初に作ったとき、入れ物はそれだった。今は、コレこのようにバナナブレッドにハマっているから、何種類もパウンド型がある。
そんなことを考えてるうちに思い出したのが七〇年代のあの漫画。少女漫画史が大きく変わったような気がした大傑作、大島弓子の『バナナブレッドのプディング』!!!
七〇年代後半といったら、あたしは若い女だった。男の苦労に男の苦労を重ねていた頃だ。そんなときに、あの繊細な、背景に雪やら花びらやらが間断なく降りしきる漫画を、心をふるわせて読んだ。今こうして何かを探してバナナブレッドを作り続けているのも、何かの縁だなあと思った。
読み返してみたら、冒頭で、イライラのいらちゃんが(すいません、五十年近く前の漫画のネタで……知ってる人いたら手をあげてください)作り方を説明していたが、今ならわかる、それはバナナブレッドで作ったプディングじゃなくて、バナナ入りのブレッドプディングの作り方であった。
『対談集 ららら星のかなた』(著:谷川 俊太郎、 伊藤 比呂美)
「聞きたかったこと すべて聞いて
耳をすませ 目をみはりました」
ひとりで暮らす日々のなかで見つけた、食の楽しみやからだの大切さ。
家族や友人、親しかった人々について思うこと。
詩とことばと音楽の深いつながりとは。
歳をとることの一側面として、子どもに返ること。
ゆっくりと進化する“老い”と“死”についての思い。






