東京に敗北し、第二の都市へと転落
一方で、均質化の欲望は大阪という都市にとって、どのような意味を持っていただろうか。
前述の通り、現代社会の原点とも言えるこの時代に、大阪は期せずして時代の先端に躍り出てしまった。そのことは都市のプライドを大いに満足させるとともに、東京の前を走ることを自己目的化させていく。
何かに対抗心を持つ者は多くの場合、敵に似てしまう。同じ基準、同じ土俵で相手に勝ろうとするからだ。大阪もまた、同じ運命をたどったのではないか。事実、大大阪という呼称自体が大東京と同様の着想で生まれている。二つの都市はいずれも、当時の先進諸国で流行していた都市の拡張(グレーター・ロンドン、グレーター・ベルリンなど)の日本版を目指していたのだ。
すなわち、冒頭の文章に現われた「早さ」は大阪が東京に似ることでローカリティを喪失していくこと、それゆえに政治経済的な力に勝る東京に敗北し、第二の都市へと転落していくことを不気味に暗示してもいるのである。
※本稿は、『大大阪という神話-東京への対抗とローカリティの喪失』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。
『大大阪という神話-東京への対抗とローカリティの喪失』(著:長﨑励朗/中央公論新社)
本書は、大衆社会におけるラジオ、吉本興業、職業野球、宝塚歌劇など多様な切り口を通じて、その軌跡を追う。
「大阪らしさ」の源流を描き出しながら、現在まで続く日本社会の均質性の問題を照らす試み。




