当時の人口を見てみると……

鑑賞に一定の背景知識を必要とし、文脈を共有してはじめて楽しめる落語に対して、色物は直感的に楽しむことができる。つまり、古き良き大阪的伝統を文脈として共有しない都市労働者層こそが吉本にとってのフロンティアだった。

それは大阪という都市の成長と大きく関わっている。図表は1890年から1930年代前半までの大阪府の人口とそれに占める本籍人口の割合をグラフ化したものである。全体のトレンドとして、一貫して人口は増え続け、本籍人口の割合は減少し続けている。

<『大大阪という神話-東京への対抗とローカリティの喪失』より>

簡単に言えば、大阪出身ではない人間の割合が増え続けているのである。一瞬人口が減っているように見えるのは、国勢調査が開始されたことで実際よりも過剰に算出されていた状況が是正されたためだ。面白いのは国勢調査の影響で大きく人口を減らしたのもやはり本籍以外の人口であった点である。

これは、一度は大阪に来たものの、届け出もせずいなくなった流入者がかなりの数存在したことを意味する。それほどに「流れ者」が多かったのかもしれない。市域拡張の影響を排除するために大阪市の人口統計はあえて使わなかったが、大阪市内に限って見れば「ヨソモノ」比率はさらに高いはずである。