父も私も互いに年を取ったからできる寄り添い
父は2年3か月前から老人ホームに入居していて、ホームの職員が日常生活の世話をしてくれている。
ホームは私の自宅から割と近く、頻繁に顔を出しておしゃべりが好きな父の話し相手をする。洗濯物を畳んだり、父がトイレで用を足すのを失敗した跡を見つけて清掃したり、トイレットペーパーや洗剤あるいはおやつを買いに行ったり。
私は暖房をつける10月から春までは、父の居室の加湿器の水の補給をすることがある。普段はホームの職員がしてくれるのだが、せめて私がいる時は、細かな手伝いをしたいと思うからだ。けれども先日、急にそんな簡単な作業ができなくなっていることに気付いた。
老人扱いされるのに抵抗があった私なのに、4年の時間を経て、最近は自分の老いに直面することが増えてきたのだ。
加湿器のタンクを取り出して洗面所に持っていき、給水口の水を補給する際に、指先に力が入らず蓋が開けられない。こんなことがスムーズにできないなんて! 私は自分に苛立ちながら、タオルを巻いて回してみたがピクリともしない。
そうだ洗濯用のゴム手袋をつければ、どうにかなるのではないか。顔が赤くなるほど渾身の力を入れて蓋を回してやっと開けられた。
「パパ、加湿器の給水口の蓋を開けられたよ!」
「蓋はきついのに、 おまえはまだ若いな」
父は自宅にいた頃、80代までは加湿器の水の補給を自分でやっていたから、蓋のきつさを知っていて、私を褒めてくれた。
現在97歳になった父から見れば、ほぼすべての人が「若い」のだが、なぜか「若い」と言われると悪い気はしない。
「若いなんて言ってくれるのはパパだけだよ。ありがとう。水は重いし給水口の開閉は力がいるし、パパって筋力があったんだね」
「まあな、男だし」
謙虚に答える父を見ていて、認知症になってもプライド高くて、私と丁々発止やりあっていた日々が、懐かしく思えた。
