SNSでも人々の意見が飛び交うけど、わかり合えるわけがないからあれだけ反論し合っても不毛な言い争いが行われてる。
もう期待するのはやめよう、わかり合えないから。
もうわかってもらうのはやめよう、期待通りにはいかないから。
共感されたい気持ちが強くなっていくと、だんだん自分の意見より共感を呼びやすい意見を選んで自分がいなくなる。
SNSでは文章というものは昔よりバズ目的とされてきてしまったし、共感される=バズるだから、バズっているものには正論や真実はそんなに含まれていない。正論かどうか真実がどうかじゃなく、それを正論だと思いたいか、それを真実だと信じたいか、人々の願いが集中したものがバズる。
真実なんてどうでもいい。自分の願望、自分に都合のいいものを正論ということにし、真実ということにする。脳で勝手に都合よく処理されてるだけ。
そのバズを呼ぶため共感されるために真実ではなく嘘の情報や捏造をされたものがネットに広まる。踊らされて気持ちよくなってるバカで溢れているけど、そこに合わせて自分の意見も流れるように共感に押されていったら、本当にバーチャル世界に生きていることとなんら変わらないと思う。
せっかく生身の人間なのにまるで真実を知ろうとしない、自分のことすら本当を見失う。気持ちいいほうに向かってバーチャルを生きる。
共感なんてされなくていい。知ろうとすることは必要かもしれないけど、知ってもらおう共感してもらおうなんて感情捨てたほうがいい。
バズらなくていいから自分の気持ちを大切にしよう。
わかってもらわなくていいから自分の意見を大切にしよう。
※本稿は、『哲学なんていらない哲学』(あの:著/KADOKAWA)の一部を再編集したものです。





