「こんな時だからこそ」が、しんどい

そういった嘆きの声を「まあまあまあ……」と宥めるように、世間に溢れ返ったのが、

「こんな時だからこそ、新しいことにチャレンジしよう」

「こんな時だからこそ、おうち時間を充実させよう」

というメッセージである。

『僕たちにはキラキラ生きる義務などない』(著:山田ルイ53世/大和書房)

家から出られない状況だけど、この機に自宅で出来る筋トレやストレッチに励んでみては、とか、資格試験の勉強やDIYも良いよ、大掃除して断捨離しようよ、自炊に取り組めば、料理も上達するし節約にもなるよ……悲観的に捉えるのではなく、むしろ逆手にとって、有意義な時間の過ごし方を考えようという提案である。

まあ、別に悪くはない。テレビやラジオ、SNSとあらゆるメディアを通じて発信されていたが、筆者は当時、この「こそ」に、強烈な違和感を覚えた。

「“こそ”の2文字で、全てをひっくり返すかね……」

「こそ」とは、それほど強い、全てを反転させる力のある言葉だったのか。何の根拠もないのに「こそ」の2文字で、前を向け、頑張れ、挑戦せよ、立ち止まるなと言えてしまうのは恐ろしい。

これがもし、

「無理です! 飛べません!」

と腰が引けている相手に、

「分かる! 怖いよね! でも怖いから『こそ』!」

と笑顔で背中を突き、バンジージャンプを強いるシチュエーションだったらどうだろう。もはや、ホラーである。