そのうち、歌右衛門家に子どもが生まれなかったもので、「来年から河村家の養子になって、舞台に出るんだよ」と実父に言われた。それが1955年の秋のことで、もう翌年の1月には初舞台でした。

2歳下の弟、今の魁春が一緒で、加賀屋福之助・橋之助を名乗って「蜘蛛の拍子舞」で披露していただきました。

われわれ兄弟は小坊主福才と翫才で、劇中口上となるんですが、初代猿翁のおじさんや七代目三津五郎のおじさん、初代白鸚のおじさん、三代目時蔵のおじさん、もちろん父とか、すごいメンバーですよ。

当時十代前半だった、今の白鸚さんやその弟の吉右衛門さん、二代目猿翁さんとかがみんな女方の腰元で出ていて、花道入る時に白鸚さんが、齢の離れていない僕をおぶってくれて。今では考えられないですよね。

そのすぐ後に、父の出し物で『伽羅先代萩』の千松とか「重の井子別れ」(『恋女房染分手綱』)の三吉とか、子役の中では結構な大役をやらせていただきました。