卒業するときに残っていたのは、12~13人。今も俳優を続けているのは、時々テレビドラマで見かけるマツモトアキコちゃんくらいかな。僕がここまで続けてこられたのは、運がよかったのと才能と(笑)、何よりやっぱり努力だろうね。
舞芸では無遅刻無欠席で「野尻賞」をもらったほど。そうやって毎日休まず学校へ行って授業に出るという努力をしたから、教務のフジエダ先生が、西村晃さんの付き人にと僕を推薦してくれた。
あらかじめ道があったわけじゃない。海のものとも山のものともわからなかったけど、とにかく前に進んで、自分が歩いたところに道ができてきたんだよね。
進むのをやめたいと思ったことは一度もないよ。初めて演劇を観た高校3年生のときに受けた衝撃が変わりなくあったから。「2、3時間で他人の激しい人生を自分のことのように生きられるなんて」と。
そして、演劇部の顧問の茨木洋子先生の出身校である舞芸に入った。閉校しても大切な場所です。
