どの肖像画を見てもあまりサルには似ていない
ところが、実際に秀吉の肖像画を見てみるとわかるのですが、秀吉の正室・北政所(おね)ゆかりの高台寺に所蔵されている有名な画像をはじめ、どの肖像画を見てもあまりサルには似ていません。サルよりもむしろ、あごが狭くとがった顔つきは、どことなくネズミに似ていませんか? これらの肖像画は、ほとんどが秀吉の晩年か没後に描かれたものであるため、若い頃にあったサルっぽさが薄れたという可能性もあります。
あるいは、秀吉がサルというあだ名を気にしてサルに似ないように描かせたとも考えられます。
前述した高台寺所蔵の秀吉の肖像画は、安土桃山時代に活躍した狩野派の絵師・狩野光信が依頼を受けて描いたものですが、秀吉はこのときに「見栄えよく、威厳のある顔つきで」「顔を小さくし、首から下を際立って大きく」「顔立ちがよく見えるように、立ち上がれば6尺(約180センチメートル)はありそうな偉丈夫で」などと、細かく注文をつけていたというのです。
実際の秀吉の身長は、諸説ありますが当時としても小柄な150センチメートルほどでしたから、6尺の大男みたいに描けというのはいくらなんでも誇張しすぎです。
もしかしたら、秀吉はサルよりもネズミに似ていたのかもしれません。それでは秀吉が「ネズミ」と呼ばれていたのかというと、ひとつだけ証拠があります。織田信長がおねに宛てて書いた手紙の中にある「ハゲネズミ」という記述がそうです。
※本稿は、『図解 豊臣秀長』(興陽館)の一部を再編集したものです。
『図解 豊臣秀長』(監修:本郷和人/興陽館)
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