地方都市の再興
イタリアも、日本と同じく1970年代の高度成長を経験し、人口減少により農村は衰退している。北イタリアのミラノ、トリノ、ボローニャの三都市を中心に、自動車産業や機械・繊維産業が発達し、労働力が求められた。
その労働力の供給源となったのが、都市部から離れた北東部の中山間部や南イタリアなど条件が不利な地域にある農村である。中世からの大地主制度(ラティフォンド)に由来する農村システムが残ったまま、戦後の復興期も産業が発達せず、粗放的農業を脱却することなく、収益の挙がる農業に転換できなかった。そのため、南部、シチリア島とサルデーニャ島、あるいは中部・北部の農村地域からは、大量の若者が北部の都市に流出した。
しかし、農村が衰退の一途をたどって東京一極集中が進む日本と違って、イタリアでは、地方都市の再興が見られる。例えば、1970年代終わりから80年代にかけて発達した独自の農村観光アグリツーリズム(農体験ができる農家民泊。アグリツーリズム法で自家製食材や地元産食材を一定割合以上使うことが義務付けられている)に注目したい。
トスカーナ州の一貴族が、農村からフィレンツェなどの大都市に人口が流出していくことに抗し、「田舎には田舎ならではの美しさ、豊かさがある」と唱導し、美しい自然とその土地の食を満喫する滞在型観光を提案した。アグリツーリズムの始源である。これを正式に国として推進していくべく、戦略的に地元農家や地主などいろいろな人を巻き込むネットワークが立ち上げられ、ついには1985年、アグリツーリズム法まで制定された。
また、同時期に生まれたスローフード運動は、当時、ローマの中心地に進出してきたファストフードに対峙し、地域に根ざした食や伝統料理法を守り、継承しようと、田舎町の小さなサークルが始めた運動である。今や世界160ヵ国以上にまたがる国際NPO団体に成長し、生物多様性の保護や食の主権の回復をミッションとして、EUや国連へのアドボカシー活動(意見や意思の表明や、権利の行使を支援すること)を展開している。EUの2050年までの食料システム総合戦略「Farm to Fork(農場から食卓まで)」の策定にも関わり、有機農業やアグロエコロジーのコンセプトの導入に貢献した。
このように、一市民、一ローカルグループが、新しい価値を創造して、国家・国際レベルの運動に盛り上げ、農村全体の価値を高めるようなダイナミズムは、日本では見ることができない。
