イメージ(写真提供:Photo AC)
高齢者が高齢者の親を介護する、いわゆる「老老介護」が今後ますます増えていくことが予想されます。子育てと違い、いつ終わるかわからず、看る側の気力・体力も衰えていくなかでの介護は、共倒れの可能性も。自らも前期高齢者である作家・森久美子さんが、現在直面している、96歳の父親の変化と介護の戸惑いについて、赤裸々につづるエッセイです。

前回〈97歳の父の「老衰」と向き合う覚悟。認知症になる前も今も、無駄な延命治療はしないと言っている〉はこちら

今冬の大雪には参った

私の住む北海道札幌市は人口およそ200万人の大都市で、中心部には高層ビルが立ち並ぶ。幹線道路は幅が広く、普段は渋滞が少ない。ところが、今冬はとんでもなく降雪量が多く、父に会いに行くのにも難儀する日が続いている。

一日に50センチも雪が降る日が何度かあった。路面が除雪されても、その雪は道路の左右に除けられた状態になるため、3車線の幹線道路が1車線になることも多い。当然いたるところで渋滞が起きるし、除雪が後回しにされる住宅街の「生活道路」は歩くこともままならない。 

そんな悪路の中を、69歳の私が97歳の父に会いに老人ホームに向かう。膝まである長靴を履き、頭がすっぽり隠れるフード付きのコートを着て雪をしのぎ、一歩ずつズボッズボッと埋まりながら。

ホームに入ると外とは別世界の暖かさに、寒さで緊張していた体が解れてくる。父の居室に着きコートを洗濯物用のポールにかける。濡れた私のコートを見て、父は言った。

「雪が降っているのか?」

大雪で会いに来られないことを、2日続けて父に電話で説明していたのに、覚えていないらしい。

雪道を歩いてきて疲れた私は、虫の居所が悪かった。父の部屋には小さなベランダが付いているので、そこに積もった雪を見せようと、乱暴にレースのカーテンを開けた。

「見てよ、この雪! すごい積もり方でしょ! 電話でも言ったよね」

父は無表情で返事をした。

「外に行かないから知らなかった」

「え? パパ、ずっとテレビを見ているのだから、ニュースで知っているでしょ! 学校は休校、JRやバスは止まってしまって大変なんだからね!」

すると、父は不思議そうな顔で私を見て言った。

「そうか? ここの人たちは普通に来て仕事しているけどな」

久しぶりに「オーマイ・ダッド!」と叫びたくなった。認知症とは思えないしっかりした考えだ。これは私の負けを認めざるを得ない。大雪の中で、雪をかき分けて就業時間に間に合うように出勤してくれている職員の方々に、老人ホームの入居者は守られて生活しているのだ。

今日のニュースを覚えていないということは、直近のことが記憶できなくなる認知症の症状が進んでしまっているのだろう。一方で、大雪の日でも普段通り働いている人がいることを評価している父の思慮の深さは、失われていないように見えた。