ロイヤルの環境は本当に恵まれている
―― 高田さんが英国ロイヤルのプリンシパルに就任されたのは2016年。吉田都さんに次ぐ日本人女性のプリンシパルで、21年ぶりという快挙でしたが、ロイヤルは英国をはじめ、アルゼンチン、スペイン、ロシア、イタリアと、多彩な国籍のダンサーが集まって、開かれた雰囲気ですね。
高田:今回の来日公演のメンバーの国籍もそうですね。アルゼンチン出身のプリンシパル、マリアネラ・ヌニェスさんとは1月の東京のガラ公演でもご一緒しましたが、いつも周囲を明るく照らしてくれるような方です。大先輩であり、世界のバレエ界でもトップの存在ですが、私を見つけると気さくに声をかけてきて、体調なども気にかけてくださるんです。
ロイヤルの大先輩には吉田都さんもいらっしゃいますが、都さんは日本人だけでなく、東洋人で初めてロイヤルの女性プリンシパルに就任された方。今もイギリスの観客にとても愛されています。都さんがここで実績を作ってくださったからこそ、私たちも今、ロイヤルで自信を持って踊れているんだと、いつも感謝の気持ちでいっぱいです。
そのように、ロイヤルが世界のダンサーにとって開かれた場所で、またサポートが行き届いているところは、本当に恵まれていると思います。健康的な食事ができるキッチンや、ピラティスもできるトレーニングジム、ケガのケアができるフィジオもありますし、近年は精神面のケア体制も整っています。
特に私はケガとどうつきあうかが、ダンサーとして大きな課題になっているので、この体制には本当に助けられています。
―― 高田さんのキャリアは、プリンシパルの昇格前も後も、膝の損傷、臀部の肉離れ、指の骨折など、常に壮絶なケガとともにありました。ソリスト時代に主役デビューをするはずだった『眠れる森の美女』を左膝のケガで逃したり、19年の来日公演『ドン・キホーテ』の主役を、やはり半月板損傷で降板したりされていますが、そのような経験は、つらいものだったでしょうね。
高田:ケガをすると、まず自分の好きなバレエができなくなります。日々の絶対的な習慣であるバーレッスンもストップしてしまうし、治る見込みも自分には分からない。部屋に一人でいると、バレエしかない自分は、この先どうなってしまうんだろう、って気が変になりそうになって、落ち込むところまで、落ち込んでしまいます。
幸いケガが回復して、舞台に復帰ということになっても、やっぱりすごく怖くなるんですね。その気持ちは、私だけでなく、すべてのダンサーが持っているものですので、バレエ団も精神面のケアを大事にするようになっているのです。バレエ団のケアとは別に、私はカウンセリングも受けるようにして、自分が置かれている状況を冷静に受け止めて、そこから前に進むように努めています。
ケガはしないにこしたことはありませんが、そのようなどん底を何回か経験したことで、バレエへの情熱を再確認して、メンタルも徐々に強くなっていった。そのように、ポジティブに考えていくことは大切ですね。