不思議な読み味
実際はかなりの読み巧者とみるが、彼女が初めて読んで「それまでに感じたことがない読了感を得ることができた」のが今回の1冊。たしかに、不思議な読み味の短編小説集だった。
どの短編も起承転結の「起」が飛ばされているみたいなのだ。空港で父と待ち合わせた息子が、その父の唐突な浮気の回想を聞いたり、交通事故で目を覚まさない息子を案ずる母親が、それを少しも知らないケーキ屋からの電話を受けたり。
転と結もないような、承だけの筋の中に酒と男と女のこと、そして(泪<なみだ>ではないが)孤独がひっそりと描かれる。
「弱さや孤独を包み込み背中を摩ってくれるような温かさも感じる」という大久保さんの読みに、まさに優しい温度を感じる。恋バナの流行らない時代だが、そのままでいてほしい貴重な人だ。
イラスト:死後くん
