暗いッ! 重いッ!

そうではあっても、ここのところ数十年、彼が周囲にまき散らす負のオーラには参ってしまう。先日、たまたま立ち寄った実家で訪問看護師さんと遭遇したときのことだ。みんなで一緒にダイニングテーブルに集まって、雑談をしたのだが、その時、義父のあまりの陰気さに、訪問看護師さんも思わず、「暗いッ!」と言っていた。その言葉通りだ。暗いッ! 重いッ!

もちろん、理解しているつもりだ。長年連れ添った妻が、あのしっかり者だった妻が、調子の悪い日には自分のことを忘れ、忘れるだけではなく真顔で「早く出て行け」などと言うのだ。つらいに決まっている。数年前に発症した脳梗塞の後遺症で、体が思うように動かない日もある。嫁の性格がきつい。息子の性格もきつい。孫はなにより大切な存在だが、最近さっぱり家に来てくれない……。

『義父母の介護』(著:村井理子/新潮社)

「そんなの仕方ないじゃないっすか」と私は言った。

「お義父さんはさ、なんでも暗く考えがちなんですよ。運命だと思って受け入れちゃえばいいじゃん! お義母さんは認知症。それは病気なの。だから仕方ないことなんですよ。それに、お義父さんもお義母さんも体は健康なんだから、それ以上素晴らしいことはないじゃないですか! 陰気な顔やめてもらえません? 私の運気まで悪くなるような気がするんだよな~」

文字にしてみると大変酷いことを言っているが、こうも言いたくなる気持ち、義父に対応して下さっているヘルパーさんであればわかってくれるはずだ。とにかくマイナス思考、そして病的な心配性なのだ。そもそもこの心配性だって、義母の認知症がきっかけというわけではなく、随分昔からのことだ。

雨が降るとわが家の電話が鳴る。「雨が降っているけど、大丈夫か!?」と半泣きのような声で言う。お前が大丈夫かと言いたい。雷が鳴れば「雷が鳴っているぞ!」と、泣きそうな声だ。電車が止まれば「電車が止まったぞ!」、台風が来れば「台風が来るぞ!」。

こんなことが続き、私がノイローゼになりそうになって、電話線をハサミで切ってしまったことがある。すると翌朝に、いきなりわが家にやってきた(当時はまだ車の運転ができた)。「死んでしまったかと思って、警察に通報するまえに確認に来た」ということだった。こんな事件が何度もある。子どもたちが小さい頃は、もっともっと酷かった。すべては書き切れないし、私の怨念が噴出しそうなのでこのあたりでやめておくけれども。