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<いつも緊張して気が休まらない><人の反応を気にしすぎてしまう>…。「こうした日常の“生きづらさ”の背景には、子ども時代や過去の経験で受けた心の傷=かくれトラウマが影を落としているのかも」と指摘するのは、トラウマケア専門「こころのえ相談室」代表で、公認心理師の井上陽平さん。今回は井上さんの著書『かくれトラウマ 生きづらさはどこで生まれたのか』から一部を抜粋し、過去のトラウマから「普通」に合わせ続けてきた“生きづらさ”と、心身に起こりやすい症状についてご紹介します。

人と違うことが怖い…傷ついた心の「選択肢」

理由のわからない生きづらさや反応には、<かつて生きのびるために必要だった>心の働きが隠れています。

これからお読みいただくのは、私が相談を受けたクライアントの “実体験”です。

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「人と違う」ことが、ずっと怖かった。

「話し方おかしいよね」「なんか変だよ」。

そんな何気ない言葉が、心に深く突き刺さったまま抜けない。それ以来、周りから少しでも浮かないように、常に自分の言動を気にして生きてきた。「今、変じゃないかな?」「私、ちゃんと〝普通〟に見えてるかな?」って。

幼い頃から親に言われていた。「どうしてみんなと同じようにできないの?」「出しゃばるな」「自分の意見は言わなくていい」そんな言葉に、自分らしくあることは悪いことなんだ、と思うようになった。

だから私は、笑い方も、話し方も、歩き方までも、鏡で何度も練習して、〝普通〟を必死で演じてきた。

でも、そのたびに「本当の自分」が遠のいていく感覚があった。本当は、私にだって好きなことや、やりたいことがあったのに。

気づけば、やっているのは誰かの真似ばかり。他人の期待に合わせて、他人の色に染まり、自分の輪郭がぼやけていく。「普通でいよう」とすればするほど、仮面が増えていく。どれが本物かわからなくなる。

笑顔の裏で、「違う」と心が泣いているのに、それを言葉にするのが怖くて、誰にも伝えられない。心のどこかで「いつか壊れてしまうんじゃないか……」と怯えながら、息をひそめていた。

誰かの真似じゃない、自分として呼吸できる場所がほしい。けれど、「違う」と思われるのが怖くて、一歩も踏み出せなかった。

「私、存在しちゃいけないのかもしれない」。

そんな思いが、気づけば日常を支配していた。自分のことを考えれば考えるほど、他人に合わせてばかりの人生しか思い出せなくて、「私は誰なんだろう」と心が沈んでいく。本当はただ、「そのままで大丈夫だよ」って言ってほしかっただけなのに。