五木 僕もあの歌は好きだな。ところでタブレットさんとコーラスグループの「和田弘とマヒナスターズ」との出会いは?

タブレット 小学校6年の頃、ラジオで流れてきた幻想的な歌声にしびれまして。卒業アルバムにも、好きな芸能人は「マヒナスターズ」と書きました。

五木 そして、その憧れのコーラスグループのメンバーになってしまうのだから、あなたは強運の持ち主だよね。(笑)

タブレット 自分でも信じられませんでした。2002年、ぼくがマヒナスターズのメンバーだった日高利昭さんのイベントに参加した流れで、日高さんが主宰していたカラオケ教室に通い始めたんです。その頃、グループの低音担当の人が抜けてしまったので、急遽補う必要があり、ぼくが呼び出されました。

五木 いきなり大舞台に。

タブレット 人前に立つこと自体が苦手なのに舞台に上がったものですから、素面(しらふ)ではできませんでした。10年くらいはお酒を飲んでごまかしていたんです。

五木 うーん、わかるなあ(笑)。僕の学生時代は、昼間はデモに行って革命歌を歌い、夜は中野あたりのトリスバーでムード歌謡にどっぷりつかって酔いつぶれる、という青春でした。

あなたがマヒナスターズに加わって、そういう時代の片鱗に実際にふれているというのは、今後の人生のものすごく大きな資産だと思います。

あの時代のムードコーラスは、センチメンタルな感情だけではなく、つらい浮世の澱(おり)を、そっと包んで、洗い流してくれる情感みたいなものがあったんだ。

後編につづく

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