愛された記憶に分厚いモヤが

その愛の正体は、痛みでもあった。

週に2回の集会中、正座の足が痺れて少しでも崩そうものなら、帰宅後に儀式のような時間が待っていた。

「これは愛のむちだから。あなたのためだから」

母はそう言いながら、私のお尻をガスホースや革のベルトでミミズ腫れができるほどに叩いた。私は泣き叫びながら、母の言う「愛」と「神」を憎み、同時に、それらに縋ることでしか自分の存在を肯定できない歪んだ回路を脳内に築き上げていった。

弟も隣に並んで一緒にむちで打たれていたはずだが、大人になった今聞くと「そうだっけ?」と、はぐらかされる。思い出したくないのか、本当に記憶から消えているのかはわからない。

きっと、愛された記憶も、温かい時間を過ごした記憶もあるのだろう。けれど、それらを思い出そうとすると、まるで分厚いモヤがかかったように輪郭を失ってしまう。

私の記憶の索引には、痛みと恐怖、神への嫌悪感、学校での惨めな気持ち、そして「普通」への強い渇望ばかりが並んでいる。

(写真:AdobePhotoStock)

実を言えば、宗教に支配されていたのは、私の人生のほんの一部に過ぎない。中学に上がる頃には母は退会し、そこからは驚くほどあっけなく「戒律」は解禁され、私は「普通の子」になった。お小遣いをもらい、友達と遊び、校歌を歌う。あの息の詰まるような沈黙の時間は、年月にすればほんの数年のことだったのだ。