午前十時、汽車は高雄の駅についた。

十二月末とは思えないほど、太陽の日差しが強かった。

駅には弁当売りや、果物をのせた天秤棒をかついだ少女が数人歩きまわっていたが、台中に比べるとのどかな田舎の駅という雰囲気である。

「さあいこう! マンゴーをたっぷり使ったおいしいかき氷の店があるんだ。この気温ならちょうどいい。食いしん坊のハルならこの街の海鮮も気にいるだろう。迷っているひまはないぞ。わたしたちの時間は、瞬きのうちに過ぎてしまうんだから!」

そういって百合川はシートからさっと立ち上がりハルに手を差しだした。

午後までしか時間がないという意味で百合川はいったのだろうけれど、ハルはその言葉が、秀玲や明日子、女学校で出会った朝子、紅、秀梅、それに自分の人生をさしているようで、目頭が熱くなった。

――泣いているひまもないわ。

ハルは百合川の小さな手につかまって立ち上がる。弾むような気持ちで狭い車内から駆けだすと、台中よりもはるかに濃密な空気が肌にふれてくるのがわかった。

ちがう土地、自分たちを縛っているあらゆるものから離れていくことは、なんて気持ちがいいことなんだろう。住んでしまえばまたすぐに現実が追いかけてくるんだろうけれど――。

そのときハルは、午前の光に包まれたホームの端に、セーラー服を着たふたりの少女の姿を見たような気がした。何回か瞬きをする。北へ向かう汽車が車輪の音を響かせて砂煙をあげて走り去ったあと、もうホームにはだれもいなかった。

(第二話 終わり)

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