「遺体の顔」だけで判断してはいけない

「もしもし、先生ですか? 実は、トラブルを一つ抱えているのです」

電話をかけてきた予審判事はこのように会話を始め、私の協力を求めた。

先に解剖した法医学医は「モーリーンの遺体である」と誤った判定を下したので、すべてを一からやり直す必要がある。問題の遺体は掘り返され、私が改めて解剖を行なった。

女性の遺体であり、司法解剖の報告書に記載されていた背丈や体重に間違いはなかった。

観察結果にも誤りはないし、年齢推定も問題ない。要するに、解剖の仕事そのものには問題はなかったのだ。

問題は、身元特定をやや早まったことである。

腐敗のために、外見から身元を特定するのが困難だったのは本当だ。特に顔の腐敗はかなり進行していた。ただ、いずれにせよ、私はこれまでの経験により、外見から身元を特定することは危ういと知っている。

例えば……ある女性が息子の遺体の確認にやって来た。私は、彼女の息子と推定される遺体を見せたが、彼女は息子だと認めなかった。私は少々驚いた。この遺体からは息子の身分証が見つかったし、顔も息子の顔と同じだと思われたからだ。

遺体にはタトゥーが一つ入っていたので、私は女性に「息子さんの体にはタトゥーがありませんか?」と尋ねた。右腕にイルカのタトゥーがある、との答えが返ってきた。遺体のタトゥーとぴったり一致する。私がタトゥーを彼女に見せたところ、「これはイルカじゃなくて魚のタトゥーでしょ」と言い、遺体が息子だと認めようとしなかった。

私はDNA検査の実行を余儀なくされ、その結果、彼女の息子であることが明白となった。だが、それでも母親は納得しなかった。息子の死を認めることはあまりにもつらいので、事実を受け入れることができなかったのだ。

これとは真逆の例もある。ある女性が娘の遺体を確認するためにやって来た。申し訳ないことに、引き出しの名札が間違っていて、私が引き出したのは若い男性の遺体だった。しかし、女性は気が動転していたのか、「間違いなく私の娘です」と述べた……。

モーリーンと間違えられて葬られた少女の遺体は腐敗が進みすぎて、指紋を検出することは不可能だった。

この段階で可能な、そして最大限有効な方策は、歯科診療記録との照合とDNA検査である。この二つは実行された。その日のうちに歯科医がやって来て、遺体の歯の状態を記録した。私はDNA検査のための検体を採取した。

数日後、歯科診療記録によって遺体の身元は特定された。

当たり前であるが、DNAも一致した。

※本稿は、『死体は語りだす:法医学医が読み解く「死者からのメッセージ」』(三笠書房)の一部を再編集したものです。

【関連記事】
死者が生きたまま埋葬される可能性はあるのか?「髪や髭が伸びていた」「棺の中で姿勢を変えていた」法医学医の見解は…
倒れていた男性は「死体」のはずだった。周囲には蛆虫、返事もない。警察官が近づくと急に腕を掴まれ…
「12時間動きを感知しない」見守りセンサーから緊急メールが届き、一人暮らしの70代母親の遺体を発見。しかし遺体の状況とセンサーの整合性がとれず…

死体は語りだす:法医学医が読み解く「死者からのメッセージ」』(著:フィリップ・ボクソ 訳:神田順子/三笠書房)

一見すると不可解な死の裏側には、人間の弱さ、色恋、憎悪、執念、そして切ない想いが隠されていた――。

ミステリー好きも、ノンフィクション好きも、ページをめくる手が止まらなくなる一冊!