新人娘役の大失敗
ぼんこさんの可憐な風貌と明るい声色は高く評価され、入団してすぐに目立つ出番をもらうようになった。あるお芝居で、若い家政婦役を振り当てられた彼女は、主役である春日野さんと2人で会話をする場面を演じた。彼女がことさらお稽古に力を入れたことは、言うまでもない。
春日野さんは下級生のお稽古を見ることもあり、気軽な口調でお芝居のアドバイスをしてくれたそうだ。そう聞いて思い返すと、私が在団していた頃も、スターの立場でも熱心に他の生徒のお稽古を見る方が多かった。それは、かの「白薔薇のプリンス」から続く、先輩と後輩のあたたかみある上下関係だったのだろう。
さて、気合い充分のぼんこさんだったが、いざスポットライトの中で輝きを放つ麗人とお芝居を始めると、緊張と高揚感で我を失いそうになった。そしてある日のこと、繰り返し練習したはずの台詞をすっかり忘れてしまった。
それでも、新人娘役の大失敗に動揺する春日野さんではなかった。咄嗟に機転をきかせたスターは何食わぬ顔をして、ぼんこさんの台詞を小声で教えてくれたという。おかげでピンチを切り抜けたかに思われたが、
「前の方のお客さんには、石井さん(春日野さん)の囁き声が聞こえててさ。くすくす笑われちゃってね」
春日野さんは、終演後にすっ飛んで来て謝るぼんこさんに、「かまへん、かまへん」と、いつもの低い声で笑ったそうだ。