春日野さんの舞台人としてのあり方
春日野さんが、戦時中の苦労話や、戦争に関する教訓めいたことを語ったことはあったのだろうか。そう問い掛けると、ぼんこさんは大きく首を横に振った。
「全く、なかったね」
その理由について、彼女はこう続けた。
「石井さんは、ご自分がトップスターを極める頃には戦争になっちゃって、大変な思いをされたでしょう。だから戦争が終わって、ただただほっとしたっていう気持ちだったと思う」
それでも、はっきりと覚えていることがあるという。
「お化粧品ひとつでも、石井さんはとっても大事にされていた」
宝塚歌劇の舞台化粧では、ドーランやアイシャドウといった化粧品を10種類以上も使用する。終演後には化粧品の蓋もせずドレッサーの上に出しっぱなしにして帰る生徒も多かった中で、春日野さんはひとつずつ丁寧に手入れをしてから片付けていた。
その様子を見ていたぼんこさんは、「物への深い感謝を感じた」と回想する。それは、終戦を迎えて様々なものが手に入りやすくなった頃でも、「物が無かった時代」の辛さを忘れない、春日野さんの舞台人としてのあり方だったのだろう。
私が宝塚歌劇団に入団した2002年、春日野さんは現役のタカラジェンヌだった。春日野さんと同じ舞台に上がった生徒が、「少し小柄なお姿から放たれる強い存在感に圧倒され、心地良い緊張感があった」と語っていたことを思い出す。
神々しい舞姿とは反対に、日本舞踊のレッスンに出ると下級生に優しい眼差しを向けられ、気取らずに話す方だった。とてもおこがましいことだが、今になって「戦争中のお話を、春日野さんから伺ってみたかった」という思いが湧き上がる。それはもう叶わなくても、ぼんこさんの思い出に触れることで、遠い存在である大スターの言葉や表情をうかがい知ることができた。