(写真提供:Photo AC)
かつて日本には、城が2万5000~3万ほどもあったと言われています。「近くの城に関する資料を調べてみると、怪談や思わぬ物語の発見があるかも知れません」と語るのは、『生き屏風』で日本ホラー小説大賞短編賞を受賞し、怪談イベントにも多数出演する小説家・田辺青蛙さんです。そこで今回は、田辺さんが日本全国の名城にまつわる怪談の数々を集めた『名城怪談』から一部を抜粋してお届けします。

岐阜城が「稲葉山城」と呼ばれた時代

織田信長は息子の信忠に家督を譲るまで、楽市楽座をはじめとする斬新な政策を次々と打ち出し、それらによって城下は大変な賑わいを見せた。

さてそんな岐阜城が「稲葉山城」と呼ばれた時代、斎藤道三に纏わるこんな話が伝わっている。

道三の父親は西村新左衛門尉(にしむらしんざえもんのじょう)といい、もともとは京都・妙覚寺の僧侶であったが、還俗し油売りの商人となって美濃を訪れ、美濃の守護代斎藤氏の重臣長井氏に仕え、「長井」姓を称するようになった。

その子道三は、当初、長井新九郎規秀を名乗ったが、長井氏の総領を討ち、苗字を守護代の「斎藤」に改めて「斎藤新九郎利政」と称し、やがて守護の土岐頼芸を追放して、美濃一国の支配者となった。