「ネタ」ではなく「楽曲」である
2016年当時、筆者はたまたま現象の発火点のすぐそばにいた。
ピコ太郎が「PPAP」を投稿する4日前の8月21日、サマーソニックの会場で古坂大魔王さん本人と仕事を共にしていた。フェスの中継特番の司会者とコメンテーターとしての役回りだ。
もともと洋楽ロックフェスとして始まったサマーソニックは、時を経て、ロックもアイドルもお笑い芸人も出演する「ポップカルチャーの総合見本市」のような場になっている。そういう話をした流れの中で、古坂大魔王さんが「実は俺も今、やろうとしてることがあるんだよね」というようなことをポツリと言った。その場では聞き流してしまったが、今思えば、あれはピコ太郎のことだったのだろう。
そんな縁もあり、現象が広まっていくのを驚きと共に、そして他人事ではない感覚で見ていた。ブームの広まりを受け、テレビ番組やニュースサイトのオファーを受けて「なぜ『PPAP』が世界的に流行したのか?」を解説した。そこで繰り返し強調したのは、これが「ネタ」ではなく「楽曲」であるということだった。
古坂大魔王の音楽的なルーツには80年代や90年代のテクノ・ミュージックがある。芸人として活躍しつつ、リミックスやプロデュースなど音楽活動のキャリアもある。「PPAP」にはそうした古坂大魔王のトラックメイカーとしてのセンスが反映されている。リズムマシンの名機・TR-808のカウベルを効果的に用いたビートなど、サウンドへのこだわりが独特な中毒性につながっている。そうした分析を提示した。