太郎 全部で約1800ページにもなるノートをめくるうちに、僕は「なんかとんでもないものを見た」っていう気持ちになったんだよ。ほぼ毎日描かれているし、絵の描き込みの量もものすごいじゃない。
みつのり 光子が生まれてから小学校に上がる頃まで、僕はあんまり仕事をしてなかったから。時間だけはいっぱいあったんだよ。(笑)
太郎 当時、お父さんはフリーのイラストレーター。後に、絵本や紙芝居の作家になるのだけど、この絵日記は、出版はもちろん、誰かに見せることを想定していないから、ある意味で嘘がないというか、本当の気持ちをさらけ出しているものだと思った。
みつのり そう、ありのまま。
太郎 僕も漫画の仕事をしているからわかるけど、自分の体験を作品にする時は、どこかエピソードを誇張したり、逆に削ったりする演出も必要でしょ。だけど、そんなことをせず、飾らずに描かれていて、すごく羨ましいと思った。
今は子育てのエッセイや漫画が世の中にたくさんあるけれど、そうした他人に見せることを前提にしたものと、お父さんのノートは明らかに違う魅力があると感じて、「これを絶対、本にしたい」と考えたんだ。
みつのり 太郎の気持ちは嬉しかったけど、まあ僕は実現不可能だろうと思ったよ。
太郎 実際、僕が付き合いのある出版社に企画を持ち込んでみたけど、「うちではちょっと難しいので、ほかの会社を紹介しましょうか」って体よく断られたしね……(笑)。
告白して1回フラれただけでも切ないのに、次の人にも断られたらもっと悲しい――。それならば、「自分で出版社を作ろう!」と。小さい時にお父さんと絵本を作って遊んでいた頃に使っていた、僕の名前が入った「たろう社」という社名に決めました。
みつのり そのへんのいきさつは、僕はまったく知らない。だって、「本にする」と言ったきり連絡をよこさないんだもの。そもそも、ノートに描いただけの絵をどうやって本にするんだろうと不思議だった。
太郎 本の装幀デザイナーさんにも手伝ってもらいながら、スキャナーでページを1枚1枚読み取っては、パソコンでトリミングや大きな汚れを取る画像処理をして、コツコツ編集したんだよ。光子ちゃん本人である、お姉ちゃんにも手伝ってもらったしね。
みつのり そうだったんだ。