玉袋 これまでずっと、カミさんにいっていたんです。

毒蝮 なんていってたんだい?

玉袋 「俺が最後までおまえの面倒を見るから心配するなよ」って。でも、その根底には、「だから多少の遊びには目をつむってくれよ」という傲慢な思いがあったのかもしれません……。

それこそ、「芸のためなら女房も泣かす」って、都はるみと岡千秋の『浪花恋しぐれ』(1983年)の世界に酔いしれて粋がっていただけなんだって、いまとなっては思いますね。

毒蝮 ますます身勝手な野郎だな。勝手にひとりで酔いしれやがって。

玉袋 これまでずっと、「きちんと家庭を守れる人間じゃなきゃ、芸人として人を笑わせることなんかできないよ」って思っていたんです。でも、俺はなにひとつわかっていなかった。

いまはいろいろ辛いけど、だけど俺はやっぱりカミさんと結婚してよかったと思っているし、血の繋がりはなくても立派な息子に育ってよかったって、心から思っていますよ。……いけね、ちょっとしんみりしちゃいましたね(苦笑)。


※本稿は、『愛し、愛され。』(毒蝮三太夫、玉袋筋太郎:著/KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

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