孤独死は平時にも起こりうるもの
2000年代に入ると、孤独死は決して災害などの特殊環境下でのみ発生するものではなく、平時にも起こりうるものという認知が広まっていく。2001年には千葉県にある常盤平団地(総戸数4839戸)で、死後3年が経過した白骨遺体が発見される。1960年代の団地開きから40年が経過し、住民の高齢化、単身化が進行、団地内のコミュニティは著しく衰退していた。
亡くなった69歳の男性は、離婚後、一人暮らしをしており、親やきょうだいとは疎遠になっていたという。遺体は、家賃の取り立てに訪れた団地の管理業者が発見している。賃料3万3580円と水道光熱費は口座から自動的に引き落とされており、残高が底をつくまで誰もその死に気づくことはできなかった。国勢調査のために訪問した人は、昼夜問わず電気がついており、電気メーターが回っていたことを確認している。しかし、本人が出てこないために困り果て、「調査不可」と処理していた(中沢 2008)。
この死に類する事例は、それ以降、同時多発的に全国各地で確認されるようになる。
「看取る人もなく一人きりで死ぬこと」 ――「孤独死」という項目が広辞苑に追加されたのは2008年のことである。2010年にはNHKスペシャルが「無縁社会 ――“無縁死”3万2千人の衝撃」と題し、血縁、地縁関係の希薄化、社会構造の変化による就労不安や貧困の蔓延、社会的に孤立した状態で迎える「新たな死」の実相など、それまで忌避されてきたテーマをセンセーショナルに報じた。
3万2000人とは、全国の市区町村が公費で遺体の火葬、埋葬を行った件数をNHKが独自集計したものである。未婚化や単身化が急速に進行する社会では、誰もが無縁社会の当事者たりえる。それゆえ、同番組は視聴者の関心を強く引き寄せることとなった。
※本稿は、『単身高齢者のリアル ――老後ひとりの住宅問題』(筑摩書房)の一部を再編集したものです。
『単身高齢者のリアル ――老後ひとりの住宅問題』(著:葛西リサ/筑摩書房)
貯蓄があっても賃貸に入居できない? 持ち家でも安泰とは言えない?
老後ひとりの「最期の居場所」をみつけるのは、こんなにも難しい。
孤独死予備軍が急増する今、単身高齢者の住まいを保障する社会の仕組みを考える。




