どんな時も「歌をやめる」という選択肢はなかった
クラブではカバー曲を歌ったり、インストルメンタル(伴奏だけの曲)を流して、自分で勝手に歌詞やメロディーを作って歌ったりしてました。だんだん東海地区のいろいろなクラブから声がかかるようになって、活動の拠点を三重から名古屋へ移し、インディーズ(大手に属さない)での活動を開始したのは23歳の時。CDを発表したりと、自分の歌を広く知ってもらえる機会を得ることができたものの、25歳くらいの頃はだいぶ不安に陥ってましたね。これからどうなるのだろうって。
同年代の宇多田ヒカルさんや椎名林檎さんが大活躍していたし、クラブ系でいえばAIさんが近いところにいたけれど、既にスーパースターだったので、いいなぁ、私も彼女達みたいになりたいなぁと思ってました。歌うのは楽しいけれど「このままでいいのか?」と自分に問うと「いいわけないよね」という声が返ってくるみたいな。だからといって歌をやめるという選択肢はなくて……。当時の心境は複雑で上手く言えないのですが、現実問題としては不安なのに、「きっと大丈夫だよ」と自分を信じていて、目をつぶると大きなステージで歌っている自分をイメージすることができたのです。何の根拠もないのに。(笑)