昭和のコマーシャル

最近、私は時間があると動画配信サイトで昭和の古いコマーシャルや、戦後から高度成長期にかけて制作された古いドキュメンタリーを見てばかりいる。特に1970年代から90年代にかけて日本で作られたCMのグレードの高さとクオリティには舌を巻く。

80年代半ばにイタリアで留学生活を始めた頃、CMばかりが録画されたビデオテープを友人から定期的に送ってもらっていたことがあった。遠く離れた土地で、日本の今を知るために必要だったのは、ドラマやテレビ番組よりもCMだった。

秀逸なコピーライティングに素晴らしい映像や音響。酒であろうと、清涼飲料水であろうと、洗剤であろうと、車であろうと、あの頃の日本のCMからは、自分たちの製品を誇らしく、至高の生産物としてアピールしようと意気込む、各企業の燃えたぎるエネルギーが放出されていた。

景気の良さが人間力と完全にシンクロしていて、この先はもう素晴らしい未来があるだけ、人生バンザイ、という希望がテレビ画面から溢れ出していた。

しかも、そこには知性と教養が巧みに織り込まれ、購買欲だけではなく知識欲も触発される。ルネサンスもお金と知性のマッチングによって生まれた文化改革だが、そんな画期的な現象が起こりそうな気配すら漂っていた。