娘は画家・安田稔と結婚

その後、雅は約20年、良一とともに東京で暮らし、関東大震災の前年に京都へ転居します。京都を選んだ理由は、前述のとおりです。さらに4年後、雅は良一を連れて娘の美津が暮らす静岡県の沼津へ移ります。

女子美術学校を卒業し、女学校で絵を教えていた美津は、洋画家の安田稔と事実婚をし、40歳のとき一人息子の康夫さんを出産しました。

安田稔は、文展や帝展に何度も入賞を果たすなど、高い評価を受けた画家ですが、残念ながら作品の多くが関東大震災で焼失しました。聖徳記念絵画館に展示されている『樺太国境画定之図』が、安田稔の作品です。

美津と稔は、盛大な結婚披露宴を開いたものの、入籍はしませんでした。雅が良一を廃嫡(跡継ぎとしての権利をはく奪すること)していたため、美津が鈴木家を継がねばならず、稔も安田家の跡継ぎだったという事情によります。