そのとき、ふっと後ろから腕を掴まれた。いつの間にか霧が立っていた。私の腕を取って階段を降りるように促す。私が立ちすくんでいると、霧は私をじっと見つめ、黙って首を左右に振った。その眼は強いのに苦しそうだ。見ているといたたまれなくなった。
 私たちは階段を降りて一階の居間で向かい合った。
「さあ、食事に行きましょう。着替えて用意をしてきてください」
「でも、麻子の様子が心配で」
「いえ。外で頭を冷やすんです。それから、泊まる準備も」
「え? 泊まるって……」
「いいから早く」
 霧の声は厳しく、私は命じられるままに着替えをした。用意してあった手持ちで一番綺麗なワンピースを着て、パンプスを履いた。大きめのバッグに着替えと化粧道具を詰め込む。長い間旅行など行っていないので、これ以上、なにを用意すればいいかもわからなかった。
 バッグを持って家から出ると、霧がスマホから顔を上げた。
「部屋が取れた。じゃあ、行きましょう」
 押し込まれるように助手席に座った。霧はすぐにエンジンを掛けて車をスタートさせた。
 角を一つ曲がると、急に怖くなった。