「あなたを責めているわけじゃない。あなたは献身的に子供に尽くし、育てた。麻子ちゃんはそんな母親に献身的に応えた。表面上は正しい。実際、そうでないとやっていけなかった。違いますか?」
「そうです。結果、あの子から子供時代を奪ってしまった。今からでも取り戻せるものがあるのなら、私は力になってやりたい。できる限り、あの子の望みを叶えてやりたい」
「だが、取り戻せないものもある。どんなにいい子でも」
「どんなにいい子でも……」
 私はおうむがえしに呟いた。いい子だからこそ辛い。麻子の気持ちが容易に想像できて、居ても立ってもいられなくなった。
「……やっぱり家に戻ってください。麻子が心配です」
「木綿子さん。麻子ちゃんを一人にするんです。今、あなたが帰ったら麻子ちゃんはまた『いい子』を演じなくてはならなくなる。だから、あなたが悪者になって突き放すんですよ」
「悪者になる?」
「そう。健気で子供思いの母親を止めて、身勝手な母親になるんです。だから、麻子ちゃんに電話して言うんですよ。……腹が立って家を飛び出した。頭を冷やしたいので今夜は帰らない、と」
 私は呆然と霧の顔を見た。霧は静かに繰り返した。
「今夜は帰らない、と麻子ちゃんに言うんです」
 私は霧の言うとおりにした。
 

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