朝に化粧を急ぐ人みたいだ
クマが食い物でもないものを物色していることに私は訝しみながら、トイレの小窓からカメラを向けた。
クマは1リットルのペンキ缶の下の角を犬歯で咬むと、歯型に開いた缶の小孔からペンキが少量漏れ出た。クマは匂いを嗅ぐと、唇をひるひると震わせて鼻孔を広げ、「くしぇん」とクシャミをした。それから右前足の爪でコンクリートの床にこぼれた青ペンキを掌に擦りつけると、頬と額のあたりに塗りつけた。
朝に化粧を急ぐ人みたいだ……。
クマはペンキを舐めたわけではないが、嗅いだときの恍惚感は相当なものだった。
※本稿は、『家に帰ったらクマがいた』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
『家に帰ったらクマがいた』(著:米田一彦/PHP研究所)
「最大のクマ対策は、クマのことを知ることである」
クマに9回襲われ生還した猛者が綴る、数奇な科学ノンフィクション。




