金勘定はもっと楽しくできる
太陽は丸いかたちに咲く花だ割り箸わって炎天下なり 花山周子
第二歌集、『風とマルス』からです。ぐっと濃い油絵で書かれたように、強い印象を残す歌ですね。太陽を花と言い切るところに、直感の強さを感じます。花山周子さまの歌に共通するのはどこか動物的な感覚と力強さと言っていいのでしょうか。欺瞞や言葉の美的なデコレーションから一番遠いところにある作風に思えます。「割り箸わって炎天下なり」の「なり」もまさにそう。そうとしか言えない、そうと感じざるをえない、という、直感。そう、直情、というより直感。感覚が強い印象です。
きみの声がさいしょっから好きだった池に浮かんだアヒルのようで 花山周子
この歌は自由な口語使いが魅力的な歌です。「さいしょっから」という、口からそのまま吐き出されたような言葉が印象的です。言葉も繊細でニュアンスで見せるというよりは、この小気味の良い太い筆使いを見て楽しむ作風と言えるでしょう。
真昼間のひかりに窓は肥大して紙のようなりわが体臭は 花山周子
季節は春か、秋か。直感を生かした五感の表現も印象的です。「ひかりに窓は肥大」という、即物的かつ温度まで伝わってきそうな表現。また「紙のようなりわが体臭は」の喩えは決して一般的ではないですが、わかるわかる! と言いたくなる表現です。
奪おうとまだしていたさわれの手が金持ちの金きみの手の平 花山周子
そして第二歌集でも「金」が出てきます。奪おうとしていたさ、という気前の良さと、「金持ちの金」と「きみの手の平」が一緒に書かれることの意外さと気持ちよさ! 愛もお金も欲からなるもの、と思えば、この二つが同じように書かれるのは当然という気すらしてきます。
そう、「金」が欲しいこと(あえて周子さまに合わせてお金と言わず金と言ってみましょう)は重要な欲望。それだけが重要ではありませんが、この社会、ないと生きていけないのが金です。この時代、見て見ぬ振りするのではなく、計算をしながら、そのことに、いったん素直になってみませんか。金の使い方が我々の生き方。そう思えば、金稼ぐことも、金の勘定も、もっと楽しくなってくるかもしれません。
今回ご紹介した歌人
花山周子(はなやま・しゅうこ)
1980年東京都生まれ、千葉県育ち。2021年末まで「塔」短歌会に所属。現在は「外出」同人、今橋愛との「主婦と兼業」で活動中。歌集『屋上の人屋上の鳥』『風とマルス』『林立』。
