違和感は心を自由にする扉
作者の戸田響子さまの『煮汁』はそのお手本のように、小さな小さな事件しか描かれておりません。でもだからこそ、日常を楽しむ目線を感じて、読んだ方々は心が自由になるのではないでしょうか。
乾杯でちょっと遠い人まぁいいかと思った瞬間目が合ったりする
携帯に「典型的なクズです」と言い雑踏に消えゆく男
社会への目が光りますが、書かれていることは本当にわずかな違和感。そしてその違和感が嫌悪にならず、どこか心を自由にさせてくれる違和感として描かれるのが魅力です。
一首目、皆様も体験したことがあるはず。近くの人と乾杯をして、遠くの人には会釈で済ませたつもりが、目が合ってしまった! 乾杯しようかな、でももう勢いが落ちちゃったし、今乾杯すると微妙だな、でも相手は気にしているし、えいやっ! 乾杯! ああ、タイミングズタズタ!
この経験は、皆様かならずあるはずです。でもそのことを、短歌にしようとする人はどのくらいいるでしょう。おそらく、かなり少ない。ここに、作者の好奇心豊かな感受性を見ることができます。
二首目、おそらく営業か何かを終えたサラリーマンが、上司にクライアントの報告をしているところでしょう。「典型的なクズ」に「です」がついていることがそれを伺わせます。そのシビアな社会を描きながらも、ビジネスシーンに「クズです」が出てくる、人間の生々しい感情も興味深くすくいとる、作者の力量を感じさせます。そして、作者はこの悪口を言っている男を、見下してはいない。同じ社会を生きるものとしてむしろ心を寄せていることが、この言葉選びから感じることができるでしょう。
