身じまい、どうしてる?
阿川 身辺整理っていう意味での身じまい。どうしてます? 私はなるべくモノを増やさないようにはしている、かな。断捨離はできないから、買わないように。
伊藤 今、コレを買ったらどうなるか、は私も一瞬考えます。けど、買っちゃう。本がどんどんたまっていくから、つい最近も本棚を何個も買っちゃったわ。
阿川 まあ、そうなりますよね。仕方ないわよね。だからもう結局は、最期までダメな人間でいたほうがいろいろラクではある。
伊藤 ですね。それに阿川さん、私「反・断捨離」なの。あんなことやっちゃイカンですよ。人間が死ぬときは、いろんなものをいっぱい残して、遺された人がそれを見渡して「あーあ」ってため息をつくのが「死」ってことだと思う。
阿川 お嬢さんたち、残ったものの処分が大変だろうって今言ったじゃない。
伊藤 矛盾してますけどね。でもね、親が死んで、娘たちが「めんどくさいな」とか言い合いながら片付けてくのも含めて、見送りっていうものの一過程なんじゃないかと思うのね。
阿川 へえ、伊藤さんらしい。(笑)
伊藤 それをなんにも経験させてやらないのって、なんだかつまんないんじゃないかな。
阿川 つまんない? 世の中には「子どもに迷惑をかけたくない」って親が圧倒的に多いですけど……。
伊藤 迷惑をかけてこその子どもですよ。迷惑かけて、死んでいく。
阿川 つまり、終活みたいなことはする気はないと。
伊藤 そして、どう考えても娘たちがアメリカから、頻繁に私を介護しにやってくることはないと思う。で、私の父があれだけ寂しい思いをして死んだのだから、私が寂しい思いをしなかったら、やっぱり父の娘としちゃあ間違ってんじゃないかっていう気がちょっとある。
阿川 じゃ、日本でおひとりさまの老後も辞さないと。それは、罪の意識から、ということですか?
伊藤 多少ありますよね。阿川さんはどう考えてるの。お墓はまあ、決まってるけれど。その前のこと。
阿川 いや、亭主が先に死ぬのか私か、どちらが認知症になるかって、やっぱりわからない。
伊藤 先のことを考えてもしかたない、っていうのはよくわかるわね。
※本稿は、『サワコと比呂美 女じまい』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。
『サワコと比呂美 女じまい』(著:阿川佐和子、伊藤比呂美/中央公論新社)
大まじめに非常識、70'sふたりの女がたりの結論は「歳をとるって面白い!」
親・夫・親友――大切な人との別れは、こうして生きる力になった。






