筆者の関容子さん(右)と

毛穴全部から鳥肌が立つ拍手

咲太夫師は2019年重要無形文化財保持者(人間国宝)、21年文化功労者、23年日本芸術院会員。そして24年1月、79歳で没している。

――伯父の清治が20年に、師匠が21年にそれぞれ文化功労者になり、伯父が顕彰記念公演で『義経千本桜』の「道行初音旅」を弾いて、私が忠信を語ったんです。

うちの師匠の顕彰記念公演の時は、『義経千本桜』の「四ノ切」をつとめました。NHKの『古典芸能への招待』という番組の収録が決まり、そのカメラテストの日の朝、師匠が熱を出して、「劇場へ行けない、お前やっといてくれ」って連絡があったのが朝の4時。

私は「道行」をつとめて、舞台を降りたらすぐ代役の「四ノ切」なので、さらえてる時間もなくぶっつけでした。

あくる朝は、「今日はわしの顕彰公演の本番収録の日やから、這(は)うてでも行くわ」って言っておられたんで、それで安心して「道行」を語り終えて楽屋に行ったら制作の方が4人くらいそこに立っていて、「師匠は来てません。それでお宅に電話をしたら、おかみさんが『織太夫がやるでしょう』って……」。