太郎 お父さんはよく、「子どもの前に立たないで、後ろに立って見る」という話をするよね。
みつのり 親って、自分の望むように子どもを育てたがるんだよ。だから子どもの前に立って、「ああしなさい」「それはダメ」って常に指図をしちゃう、無意識にね。
でもそうすると、子どもの本当の姿が見えなくなると思うんだ。子どもの後ろに立って、「ああするんだな」「それがしたいんだ」と観察するほうが、その子のことがずっとよく見える。そこがまた面白いのよ。
太郎 『光子ノート』には、お姉ちゃんが《びょういんごっこ》をして、うっかりカミソリで手を切ってしまった日の記録がある。血だらけの娘を克明に描いているお父さんもお父さんだけど。(笑)
みつのり もちろん、僕もドキドキしてるんだよ。だけど危ないからと最初からカミソリを取り上げたら、子どもが「自分の体の中に血が流れている」ということにどうやって出合うのか。
太郎 お父さんの視点じゃなくて、光子ちゃんの視点にお父さんが立って描いている。だから主人公は光子ちゃん。光子ちゃんの見ていた世界、感じていた世界が『光子ノート』にはそのまま閉じ込められている。たとえば〈くかき〉のこともそうでしょう。
みつのり 光子が寂しかったり不安になったりした時に出て来て、一緒にいてくれる空想の友だちだね。