出版された『光子ノート』より

みつのり 光子が小学校へ入学した時、「光子メモノート」もいったん終わっているんだよ。どんどん外の社会に触れて、世界を広げていっている子どもの後ろを、いつまでもお父さんがくっついて歩くのもかっこ悪いじゃない(笑)。

同じ年に太郎が生まれ、光子と動物園に行った思い出をもとにした初めての絵本『かばさん』を出版社から出すこともできた。それなりに僕も忙しくなって、外へ出て行くようになった時期だったし。

太郎 「太郎メモノート」を描かなかった言い訳が多いな……。『光子ノート』は、お姉ちゃんが世界を広げていくと同時に、「お父さんが社会性を身につけていく様子が記録されている」と、ある新聞社の人が評価してくれたんだよね。

みつのり まさにその通りだと思ったね。ゼロから生まれ直し、光子とともに成長していった。

太郎 1977年には、子どものための造形教室や、保育所の絵画指導の先生も始めたしね。お父さんはこれから先やってみたいこととかはあるの?

みつのり 小さかった頃の太郎の絵本を描きたいと、ずっと前から考えているんだよ。

太郎 その話、5年前にも聞いたよ!(笑)

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