「前世の因果」と諦観

同書によると、評判の美人だったというだしは21歳。

夫・村重を恨むことなく、前世の因果と諦観し、最後の時を迎えたといいます。

江戸時代初期の儒学者・小瀬甫庵が著した『信長記』(『信長公記』ほどに史料的価値は高くはない)にも、だしという「女房」は「美人」であったと記されています。

処刑の時、車から降りただしは、帯を締め直し、西方を拝みます。

そして首を差し出し、斬られたと『信長記』は記しているのでした。