なんとか鉄道会社に就職できたけれど
普段から「どんな失敗もムダじゃない」とお話ししている僕ですが、もちろん岐路に立った時は不安も悩みもありました。
生まれたのは静岡県浜松市で、浜名湖に近い、畑や田んぼに囲まれたのどかな街。母親はよく絵本を読み聞かせてくれたし、自分でもかこさとしさんの科学絵本が好きで、図書館で借りていた記憶があります。けれど、自分が将来絵本作家になるとは、想像もしていませんでした。
高校は進学校でしたが、友達と組んだバンド活動に熱中。一浪して入った一橋大学では、友達の家でギターを弾いたり、渓流釣りにはまって岐阜の山奥へイワナ釣りに通ったり。好きなことに没頭する日々でしたね。
卒業後はマスコミ業界を志望していたものの、就職氷河期ということもあって出版社や新聞社はことごとく落ちてしまい、それこそ大ピンチ。なぜかJR東海にだけ内定をいただけて、無事に就職することができました。
1年半の研修中には新幹線の運転免許も取りましたし、希望していた、新規事業を扱う部門への配属も決まった。しかし想像とは異なり、主な仕事内容は財務管理。そして、会社の雰囲気にどこか窮屈さを感じてしまって。
安全運行のため当然の社風だと思います。しかし当時は、本当に自分がしたい仕事ができているのだろうかと、そんな思いが膨らむばかり。そんなの入社前にわかっていたことだろう、とお叱りを受けそうですね(笑)。でも、どうしてもその思いが払拭できず、2年を待たずに退職を決めました。