そんな暮らしのなかでできる楽しみが、歌を聴くことだったのです。両親も歌が好きで、よく演歌を歌っていたし、姉も歌がうまかった。

6つ年上の兄(鳥羽一郎さん)は作曲家の船村徹先生のファンで、「別れの一本杉」とか「なみだ船」のレコードを入手して、僕も一緒に聴いてました。友達はロックに夢中だったけど、僕は演歌が好きだったんです。

中学生の時に、テレビで五木ひろしさんが『全日本歌謡選手権』で勝ち抜いていくのを見て、自分も歌手になりたいと思いました。でもどうやったら歌手になれるのかわからない。

そうこうしているうちに卒業の時期を迎え、父の「手に職をつけろ」という言葉を受けて、職業訓練校に入りました。でも、学費を払ってくれたのは兄です。

兄は中学を卒業後、高校に行かずにカツオ船やマグロ船に乗って、家族を養ってくれた。遠洋漁業なので、一度出航すると家に戻るのは数ヵ月後。おかげで僕と妹は進学できたし、その恩は忘れられません。

僕はといえば、職業訓練校の寮の壁に五木ひろしさんのポスターを貼り、お風呂では後輩たちを観客に見立てて「よこはま・たそがれ」などを中心に歌いまくっていました。エコーが利いて、歌うほうは気持ちがいい。

でも、蒸し暑い中で30分も歌を聞かされる後輩たちは茹でダコ状態(笑)。悪いことをしたなと思うけど、僕にとっては最高のボイトレ・タイムだったんです。