18歳で歌謡漫談家としてデビューし、ドラマ、舞台、映画、講演など、多方面で活躍されている泉ピン子さん。ご自身の人生を振り返り「色々と言われてきたけど、私はずっとただがむしゃらに、目の前のことに一生懸命向き合って、正直に生きてきた」と語ります。そこで今回は、泉ピン子さんの著書『ピン!として逝くのもいいじゃない ピン子78歳、最後に残したい言葉』より一部を抜粋して、波乱万丈な人生をお届けします。
気乗りしないことは避けたほうがいい
若い頃の私は、「呼ばれたら絶対に断らない女」だったけど、それでも断っていたのは、政治に関わること。
選挙に出てくれって言われたことは、何度もあるわよ。料亭みたいなところに呼び出されて、「参院選の目玉が欲しいんです」って頭を下げられた。1977年か、80年の選挙だったんじゃないかな。
出る気なんて最初からまったくなかった。でも参院ってのが何となくしゃくでね。「衆院議員だったら考える」って断った。
そしたら、次は本当に「衆院選に出てください」と来たのよ。
それで私、「あのね先生。私なんて目の前に200万円ぐらい出されたら、すぐに手を黒く染めるわよ。危険だからやめておきましょうね」って言ったら青ざめてたわ(笑)。
でも結局、6回ぐらい誘われたわよ。全部断ったけどね。