同級生たちがそれからどうなったか

当時の空襲で校舎は焼け落ちてしまい、生徒たちは散り散りになった。彼女の同級生たちがそれからどうなったか、今でも分からないという。

「でもね、あの時はみんなそうだったの。沢山の人……大人も学生も子どもたちも、戦争で亡くなったからね」

校長先生のように戦争の犠牲となった人たちの話になると、ぼんこさんのお父さんは必ず、「手を合わせよう」と言ったそうだ。

「“今は平和になったから、どうか安心してください。亡くなった人たちに、そう、報告しよう”って。父はいつも言っていた」

お父さんのその言葉は、まるで私自身に向けられているようで、私は思わず身を乗り出した。その思いが通じたのか、ぼんこさんは言葉を続けた。

「今も世界の色んなところで、戦争が起きているでしょう。子どもや大人が悲しい気持ちでいると思うと、私のような戦争経験者は本当に辛く思う」

「祈りましょう」

そう言ってにこりと笑い、ぼんこさんはお話を結んだ。

彼女の「祈り」とは、平和への希求だ。

「世界中、すべての人たちが平和に暮らしていけますように」

それは上辺だけを飾る綺麗な言葉ではなく、「本当の戦争」を知る人が語る真実の重みを宿して、私の心に届いた。

空襲の後
(stock.adobe.com)
【関連記事】
早花まこ「戦争を生き抜いたタカラジェンヌが 〈白薔薇のプリンス〉春日野八千代さんを観て卒倒しかけたお話」
早花まこ「戦争の記憶を語ってください―宝塚歌劇団という場所を通じ、上級生から戦争を学んでみたい」
早花まこ 93歳の元タカラジェンヌが語る戦時下の思い出。「父は敵国のスターのブロマイドを屋根裏に隠していた」