マチュ・ピチュ村の初代村長は日本人

インカの人々は急峻な地形に段々畑を築き、街に水路を巡らせて、都市機能を維持してきました。厳しい自然環境のなかで、いかに物資を調達したのか、古代の高度な技術力には驚かされます。遺跡の保護のため、現在は入場制限が設けられました。観光に多少不便であっても、この地の存続を願ってやみません。

日本のほぼ真裏に位置するペルー。かつて日本人が移民として渡り、今も日系の方が多く暮らしています。じつは、マチュ・ピチュ村の初代村長も日本人。繋がりを嬉しく感じます。

 

太陽祭、「インティ・ライミ」
インカ帝国時代から続く太陽祭、「インティ・ライミ」。開催は、毎年6月24日の冬至の日(撮影:富井義夫)

 

世界遺産登録名/マチュ・ピチュの歴史保護区
【関連記事】
時計台ビッグ・ベンで有名なロンドンのウェストミンスター宮殿。日本人がこの鐘の音に懐かしさを感じる理由は…
クメール王国が築いた「アンコール・ワット」を含む9〜14世紀の遺跡群。カンボジア特有のヒンドゥー教と仏教美術の共存も
360度水平線が広がる孤島に、およそ1000体のモアイ像。謎多きモアイ像群の復興には日本の力も。きっかけは、あの長寿番組で…